岐阜・ヒプノセラピー体験談  存在している、それだけでいい

 

 

今回は、ヒプノセラピー体験談のお話をしたいと思います≧(´▽`)≦

 

大丈夫です。今日は、ちゃんと肉体を持った、地球でのお話です 笑

長くなると思いますが、どうぞよろしくお願いいたしますブーケ2


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わたしは、20代の男性で中世の貴族でした。

とても裕福で、小さい頃から何不自由なく育てられました。

小さい頃から、乗馬や剣術など必要なことはすべて習い


すべてにおいて、すぐものにして、どんどん上達してゆきました。

家柄だけでなく、身体的にも能力的にもとても恵まれていたようです。

 

誰から見ても、わたしの人生は

すべてが順調で、すべてが完璧に思われていたでしょう。



自分自身も悩みなどありませんでした。

すべてにおいて恵まれていたので、自信を持っていたんです。

 仕事もすべて上手くいっていました。

期待される以上の成果は必ず出していましたし

常に自信があったので、仕事に対するプレッシャーなどはありません。

 

欲しいものは、すぐに手に入れることもできましたし

身につけているものも高価なものを与えられています。

年頃になり、綺麗で品のある女性と結婚もしました。可愛い子供にも恵まれました。

 

が、しかし・・・

 

二人目の子供が生まれたくらいから、妻子がいる家に戻らなくなったんです。

自分でもどうしてなのか分りません。


少しずつ、少しずつ、心がついて来なくなっていました。

特別なにか出来事があったわけではないんです。原因は分りませんでした。


そして、とうとう心が壊れてきてしまったのです。


何もしたくない・・・そんなことさえも思えなくなっていました。

 

本当に何も考えてない考えられない状態がひたすら続きました。


無感情、無感動、無表情。生きようとする気力なんて全くありませんでした。


今でいう、うつですね。


親の領地である、かなり田舎に住んでいました。


小さい頃から、自分の身の周りのことをしてくれていた乳母と一緒に。

メイドさんなども何人かいたようですが、逢うのは乳母ただひとり。

 

誰とも逢わず、自分の部屋だけに閉じこもっていました。


乳母は60代くらいの女性で、自分にとっては母親よりも時間を共に過ごした人物。


自分のことを誰よりも知っていてくれる、心許せる唯一の人。


その人がいれば、なんとか大丈夫でした。(実際は、全然大丈夫ではないんでしょうけどね)
 

 

 

どれくらいの時間が過ぎているのかも、自分が生きているのか死んでいるのかも分らない。

何も考えられない。そんな状態がただただ続きました。

辛いという感覚さえもまったくありません。

 

 

ある日、記憶にないのですが、靴も履かずにそのまま裸足で

ふら~~~~~~~っと外に出たらしく、気が付いたら長椅子?に座っていたんです。

いつ外に出たのか、どうして外に出たのか

どうやって戻って来て、椅子に腰をかけているのか分りません。

まったく覚えてないんです。

 

 

ハッと気が付いたのは

自分の泥だらけの足がおけの中にあり

おけの中には、温かい本当にちょうどいい温度のお湯がはってあり

そして、あたたかい優しい手のぬくもりに触れたから。

 

 

そして、しゃがみこんで、わたしの足を丁寧に丁寧に両手でやさしくなでるようにして

ついた泥を落としてくれている乳母の姿がありました。

ゆっくりと脚にお湯をかけて撫でてくれる、昔から変わらない柔らかい優しい手。


昔から変わらない、いつもの優しい声で

乳母はわたしに言いました。

 


「 あなたは、居るだけでいい。存在してくれるだけで、それだけでいい。 」

 


涙が出てきました。そして、号泣しました。

泣いたのなんて、子供の時以来。

しかも号泣したのなんて、生まれて初めてでした。

 

 

ただただ、わんわん泣きました。涙をぬぐうこともせず。

ずっとずっと、本当はそうしたかったような気がしました。

ただただ何も考えず、思いっきり泣きたかった。

 

自分でもびっくりするくらい大きな声でしゃくりあげて泣いている間も

乳母は何も言わず、やさしくやさしく泥つきの脚を洗ってくれていました。

 

 

今世のわたしも泣くだけ泣いたら、ハートにつかえていたものが外れました。

( ハートのチャクラにあったものが外れました )

 

 

彼女は、わたしが長椅子に座っている間、一度もわたしの方を観ませんでした。

この田舎に来てからも、一言もなにもわたしに言いませんでした。

一体どうしたのか、何があったのか、何も聞きませんでした。

わたしがすることにも、何も言いませんでした。

ただずっと、わたしのそばに寄り添ってくれていたんです。

 

 

わたしが何も言わなくても、彼女は、全部解っているようです。

あのお湯の温度といい、本当に絶妙なんです。

 

 

それから、少しずつ少しずつ話をするようになりました。

小さい頃の思い出話、今日の出来事、とにかく何か話したくて、聴いてほしくて。

乳母はただにこにこして、わたしの話をいつまでも聴いてくれました。

 


そんな生活がしばらく続いていたある日、妻子が来てくれました。

奥さんは、とっても嬉しそうににこにこしていました。

2人の子供たちの下の女の子(2、3歳)は、両手を広げてわたしのところに走り寄って来てくれました。

 

上の男の子(5、6歳)は、少し距離がありましたが、ちょと恥ずかしがりながらも

わたしのところに来てくれました。

 


正直、かなりびっくりしました。

 

 

心がついて来なくなってから、妻子のいる家には帰っていなかったし

何の連絡も入れてなかったのですから。

もう忘れられているか、かなり恨まれているかだと思っていました。

 

なのに、どうして・・・。その理由は、あとから知ったんです。

 

わたしが妻子の待つ家に帰らなくなってから

ずっとずっと、乳母が妻子に手紙を書いたり、逢いに行ってくれていました。


妻子のことをいつも気にかけてくれていました。

 

そして・・・

 

「 ○○( わたし )は、必ず大丈夫になるから、

どうか信じて待っていてやってほしい 」

 

 だから、奥さんも子供たちが忘れないよう

ちゃんとわたしのことをいつも話してくれていたみたいなのです。

 

わたしは今はいないけれども、必ず帰ってくること

離れていても、いつもあなたたちを大切に想い、愛しているということ

それを、いつもいつも子供たちに語ってくれていました。

 

 だから、奥さんも笑顔で来てくれたんです。

子供たちもわたしのところにちゃんと来てくれた。

 


わたしは、ずっとず~~~~~っと信じてもらえていたんです。


自分自身、何が起こったかも解らずいたのに。

何をどうしていいのかさえも解らずいたのに。

 

それからすぐに、妻子はわたしがいる田舎に一緒に住んでくれるようになりました。

わたしも、普通の生活が送れるようになり

奥さんと子供たちと外へ出かけられるようになりました。

 

そして、上の男の子に乗馬、剣術を教えたり、一緒に遊んだりしています。

そうしているうちに、だんだん自分を取り戻してゆきました。

感情も素直に出るようになりました。

大笑いもできるようになりました。

 

心が広がってゆくような気持ちでいられました。

とっても安心して居られるようになりました。

 

一度は、自分自身とはぐれてしまいましたが

以前よりももっともっと自分でいられるようになりました。

そして、ずっとず~~~~~~っとみんなで幸せに暮らしました。

 



おしまい

 

 

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またまた長くなってしまいましたね(;´▽`A``

 

 

今回は、「 存在するだけで、ただそれだけでいい 」


その言葉が、その時の自分( 今世の )にとって必要で観たものでしょうね。

 

特別何かにならなくても、特別誰かにならなくても、存在するだけでいいんですよね。

解っていても深い部分まで浸透してませんでした。

そう言われていても、なかなか全体で想い出せていませんでした。

 


わたしたちは、いつだって

そのままを信じてもらえているし

そのままで受け入れられているし

そのままで許されているし

そのままで愛されているんですよね≧(´▽`)≦

 

 

今回は貴族の男性でしたが

こんなに恵まれていても、乳母からあんなに愛されていても

大切な家族がいても

何もかもが揃っているのに

心がついて来なくなることって、ありますもんね。

感謝することばかりのありがたい日々でもね。

 

 

この場合は、

小さい頃から本当に恵まれ過ぎなくらい恵まれている環境で

まったくイヤとか思ったこともないし、落ち込んだことも挫折したこともない人生でしたが

こういった出来事があったおかげで、本当の自分に戻るきっかけになりました。

 

目覚めるきっかけであり、本当の自分を取り戻すことに繋がってゆけた気がします。

 

こういった経験があったからこそ

今の自分を受け入れて、自分自身と一緒に生きてゆくことの大切さ

周りにいてくれる人からの愛、周りへの愛の大切さ

本当の自分がやりたいことに気付くことの大切さ

・・・他にもいろいろと気付いて学ぶことができました。

 

自分とはぐれてしまった状態が続くと、無感情、無感動、無表情になってゆきます。

これは、今回の人生で経験できたので、よく理解できます。

本当の自分で生きていないと、苦しいんですよね。孤独を感じるんですよね。

 

もちろん、そのあともう少しヒーリングして、その人生をもう一度やり直しました。

自分の本当にやりたかったことをやって

自分の納得がいくような、大満足な人生になって

今世のわたしへのメッセージも受け取って

ハートのチャクラのつまりも取れて

スッキリ爽快です≧(´▽`)≦



わたしたちは、いつでも愛されている。

存在するだけで、それだけでいいんだ~って思うと

心も身体もリラックスできますね~

 

こうやって本来の自分に気づき、本来の自分に戻ってゆくんですね。

そうしてだんだん、自分とはぐれることがなくなってゆきます。

 

いくら聞いていても、はっきり自分で受け入れるまで

こうしてメッセージを送ってくれています。

それくらい、わたしたちって愛されてます。

ありがたいですね。


ヒプノセラピーでは、その時の自分に必要な場面を確認します。

 

過去世の場合もあり、未来世の場合もあり、今回のあなたの人生を振り返ることもあり

抽象的な場合もあり、メッセージ性の強いものもあり、いろいろですが

間違いなく、あなたに必要なものをあなたが選んで確認してゆきます。

 

今のあなたへのメッセージを受け取ってみませんか?


いつも最後まで読んでくださって、ありがとうございます黄色い花

 

雪積もりましたね~

みなさまのところは、大丈夫でしたか?

 

お出かけの時も、お家にいる時も、あったかくしてお過ごしくださいね≧(´▽`)≦



いつもありがとう黄色い花

 

 

 

 

Machelir (マシェリィル)


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